フィールズ賞 2022と符号理論

【2022年9月24日に追記しました。気になるその内容は一番下に】

2022年7月5日
国際数学者会議にて
フィールズ賞の受賞者が発表されました。

数学界のノーベル賞に例えられる権威ある賞です。
ただし、40歳以下限定である、若手の賞という側面もあります。

2022年の受賞者は4名。
そのうち1名が女性でした。
女性のフィールズ賞受賞者は2人目。
彼女の名前はマリナ。マリナ・ヴィヤゾフスカ。

受賞理由は、球の充填問題を大きく前進させたこと。

球の充填問題とは、
 同じ大きさのボールを沢山詰める方法を求めよ
という問題です。

空間の次元によって答えが異なります。
 2次元版なら、机の上に10円玉を沢山並べる方法。
 3次元版なら、箱の中にボールを沢山並べる方法。
彼女より前は、1,2,3,4次元まで答えがわかっていました。
ただし、3次元版の答えが分かったのは最近で、
分かるまで350年かかったという難問。

マリナ・ヴィヤゾフスカさんは、
8次元版と24次元版を解決
という偉業を達成したのです。
凄い!

さて、なぜこの話に萩原が飛びついているかというと、
 符号理論と関係が濃いから。

座標の値を、
 実数体から有限体に変えた問題が
  符号理論の目的である
   誤り訂正符号の符号語を増やすこと
なんです。
言い換えると
 通信効率を上げること
なんです。

ちなみに実数体版と違って有限体版だと、
 次元だけでなく、
 球の半径によって
答えが変わります。

さらに実数体版と違うのは、
 空間全てを埋め尽くせることがある
という摩訶不思議な現象が発生します。
そのような埋め方を、符号理論では
 完全符号
と呼びます。

これらだけでも繋がりとして魅力的ですが、
もっと踏み込んだ繋がりもあります。
それが、
 拡張ハミング符号とE8格子
 拡張Golay符号とリーチ格子
です。
 
拡張ハミング符号と拡張Golay符号は誤り訂正符号と呼ばれる対象です。

その昔ハードディスクの誤り訂正に使われていた「ハミング符号」に
ひと手間加えたのが拡張ハミング符号。
千葉大の数学・情報数理学科では、ハミング符号を3年生で学びます。

かなり昔ですが、宇宙探査機でも通信方式に使われていた「Golay符号」に
ひと手間加えたものが拡張Golay符号。
ごめん、千葉大の数学・情報数理学科では僕が教えてない。来年から教えようかな。

ハミング符号は7次元空間の半径1の球により、
Golay符号は23次元空間の半径3の球により
それぞれ二元体版の球の充填問題の解になっています。
つまり、どちらも完全符号です。

ひと手間加えることで
拡張ハミング符号は 8(=7+1)次元空間に、
各行Golay符号は 24(=23+1)次元空間に、
それぞれ1次元ずつ大きくなります。


拡張ハミング符号に更に手を加えると
 E8格子、
拡張Golay符号に更に手を加えると
 リーチ格子、
と呼ばれる数学構造を構成できます。
実数座標を持つ空間上に点をポツポツ置いた雰囲気の構造です。

拡張ハミング符号の符号長8に由来して、
 E8格子の次元が8になります。
拡張Golay符号の符号長24に由来して、
 リーチ格子の次元が24になります。
このE8格子とリーチ格子の各点に球の中心を配置したものが、
 同じ大きさのボールを沢山詰める方法
になっていました。

8次元版では、
 E8格子が活用できる
という予想が以前から知られていましたが、
最後の一手を
マリナ・ヴィヤゾフスカさんが
仕上げたのです。

さらに、
24次元版で
 リーチ格子が活用できることも、
マリナ・ヴィヤゾフスカさんらのグループが
解決しました。
 
符号理論に関係するフィールズ賞。
嬉しいですなー。

余談ですが、
フィールズ賞授賞式の数日前、
会場付近を散歩してました。

式典会場とは全く知らず(笑

仕事でヘルシンキ(フィンランド)に行ってました。
符号理論のシンポジウムでした。

Tooloという地域にホテルをとって、
Aalto大学のメインキャンパスであるEspooへ。

 

Aalto大学Espoo。大学のロゴは A!
キャンパス内で見かける日本語。ちなみに、千葉大とアールト大学芸術デザイン校は大学間協定を結んでます。
国際シンポジウム ISIT202

帰国後、授賞式の中継を見ていたら、
 会場が
 Aalto大学Tooloキャンパス
だったという。
ちょっと惜しい感じ!!!

Tooloキャンパスのすぐ傍に、
観光名所
 岩の教会(Rock Church)。
現地の言葉で
 テンペリアウキオ
があります。
側壁が岩で、天井が木で作られた不思議な教会。

テンペリアウキオ内部の
写真を撮ってきました。

岩の教会:テンペリアウキオ:Rock Church

写真右下の方に、なにやらオブジェがあったので、3Dスキャンしてきました。

テンペリアウキオの何か

余談が続きましたが
マリナさんを含め、受賞者の皆さん
おめでとうございます!


【追記】
8次元の最密充填問題の解を
拡張ハミング符号がどのように与えるか。
答えは【ここ】に!


距離

符号理論では、様々な距離が登場する。

というのも、雑音の大きさが距離によって表現されることと、雑音に様々な種類があるからだ。

例を挙げると、

・ビット反転誤りの大きさはハミング距離で表現される。

・挿入/削除誤りの大きさはLevenshtein距離で表現される。

・置換誤りの大きさはUlam距離などで表現される。

という具合。

と考えていたら、わからないことが出てきた。

・消失誤りとビット反転の復号誤りの大きさを表す距離って、名前付いてるの?

 

今まで見たことないし、聞いたこともない。

誰か、ご存じの方、教えてください。


削除符号論文メモ:2022/06/10

タイトル:Coordinate-ordering-free Upper Bounds for Linear Insertion-
Deletion Codes
著者名:Hao Chen
雑誌名:IEEE Transactions on Information Theory 
号数:-
DOI:10.1109/TIT.2022.3167662

Abstract:In this paper we prove several coordinate-ordering-free upper 
bounds on the insdel distances of linear codes. Our bounds are stronger 
than some previous known bounds. We apply these upper bounds to AGFC 
codes from some cyclic codes and one algebraic-geometric code with any 
rearrangement of coordinate positions. A strong upper bound on the 
insdel distances of Reed-Muller codes with the special coordinate 
ordering is also given.
タイトル:Explicit and Efficient Constructions of Linear Codes Against 
Adversarial Insertions and Deletions
著者名:Roni Con; Amir Shpilka; Itzhak Tamo
雑誌名:IEEE Transactions on Information Theory
号数:-
DOI:10.1109/TIT.2022.3173185

Abstract:In this work, we study linear error-correcting codes against 
adversarial insertion-deletion (insdel) errors, a topic that has 
recently gained a lot of attention. We construct linear codes over Fq, 
for q = poly(1/ε), that can efficiently decode from a δ fraction of 
insdel errors and have rate (1 - 4δ)=8-ε. We also show that by allowing 
codes over Fq2 that are linear over Fq, we can improve the rate to (1 - 
δ)/4 - ε while not sacrificing efficiency. Using this latter result, we 
construct fully linear codes over F2 that can efficiently correct up to 
δ < 1/54 fraction of deletions and have rate R = (1 - 54 · δ)/1216. 
Cheng, Guruswami, Haeupler, and Li [4] constructed codes with (extremely 
small) rates bounded away from zero that can correct up to a δ < 1/400 
fraction of insdel errors. They also posed the problem of constructing 
linear codes that get close to the half-Singleton bound (proved in [4]) 
over small fields. Thus, our results significantly improve their 
construction and get much closer to the bound.